初回の開催は発起人の方から案内がありましたが、これまで参加したことがありませんでした。新天体捜索をライフワークと思っていた20年前なら積極的に参加していたでしょうが、もう「新星探し」は高齢者の趣味、暇つぶしと化している状況なのでなかなか踏み出せません。しかし今回、郷里の倉敷での開催、しかも以前、大変お世話になった京都大学の田口さんが特別講演をされると聞いて、実際に会ってお礼ができるチャンスでしたので現地参加する予定でした。とりあえず、オンライン参加の申し込みだけはしていましたが、数日前から微熱や風邪の症状が出てきたので急遽あきらめ、Zoom参加になりました。結局、田口さんにはご挨拶できませんでしたが、私が自己紹介しているときにカメラの前に出で来られたので意は通じていたかもしれません。
今回、星尋山壮の大野さんのお話の中に、本田先生や倉敷天文台の話がでてきたので懐かしくなりました。昔、本田先生の観測のご迷惑にならないようにと言われ、倉敷天文台の扉をそっと開け、先生の観測所の横を通り敷地内の倉敷水路観測に通ったことがありました。この時、スライディングルーフ観測室と32cmのカセグレイン望遠鏡は水路観測所の所轄でした。担当官の方のご厚意で観測の合間にこの望遠鏡を使用させていただいていました。この観測室は、今、ライフパーク倉敷科学センターに移設展示されています。今となっては展示物ですが、実際に倉敷天文台でこの観測室内で望遠鏡で星を見た人間はもういないかもしれません? それから、20年以上も経過し、本田先生がご逝去された後、倉敷天文台を訪ねました。この時に、監物邦夫様と会ってお話することができました。それ以来、監物さんとは手紙や賀状のやりとりを続け、亡くなられる前まで懇意にさせていただきました。数年前は、収集していた本田先生の講演やラジオでの肉声を録音したカセットテープ音源を一部データ化して天文台に送付したこともありました。今はどこにあるかわりません。・・・いろんなことが走馬灯のように思い出されます。そして、2026年は倉敷天文台100年ということらしいです。これを記念して、OAAの年会も開かれるようです。
(写真は2010年8月 当時の倉敷科学センター内展示を撮影したもので、当時のブログにも掲載済み)


